【台湾留学日記】ストレスで不眠症。【追記型ブログ】

2019年12月23日

【台湾留学日記】ストレスで不眠症。【追記型ブログ】

こんにちは、耕平(@HEYinTW)です。

なんとなく書いておきたいと思ったので、留学が始まってからの大学院生活はどうなのか、何をしているのか、自分の身に何が起こったのかを綴っていきたいと思います。
はじめに断っておきますが、色々押しつぶされていた時期に書いたものが多いのでこの記事は負の感情を纏っているかと思います。
※この記事は留学期間中、随時加筆します。

早速スパイシーな入りですが、留学3ヶ月目はストレスに押しつぶされて、精神安定剤を処方してもらっていました。

僕が置かれていた状況

とりあえずはじめに、僕がいる環境からお話しします。
僕は中興大学の食品+バイオテクノロジー系の大学院の研究室に配属されています。台湾の大学なので、もちろんですが大部分が中国語です。

僕のひととなりや性格についてはプロフィールにまとめてあります。
なんとなく大学院には進みたいと考えていたし、僕は中国語がある程度でき、英語もある程度できたため、特に深くは考えずこの大学への留学を決意しました。ここでいう”ある程度”とは入学の際に必須である中国語と英語のレベルをホクロ1つ分クリアしていた程度です。

9月入学なので、僕ら外国人学生は9月から研究室を選ぶのですが、現地の子らは7月にはもう研究室入りをしているみたいで、その時点で既に遅れをとっているという状況でした。
これはどの大学でも同じなので、どうすることも出来ないですが…。

そして入学当時、めちゃめちゃ意気込んでいた僕はすでに研究室に配属していた現地の台湾人にコンタクトを取りながら、それぞれの研究室の特徴や先生の態度などをなんとなく整理して、ようやくある先生の元に「そちらの研究室に入りたい」という意思を伝えました。
先生は快くOKして下さいました。

この時僕が選んだ基準は、

  • 研究内容
  • 研究室と先生の雰囲気
  • ある程度忙しい

でした。そうです。
この「ある程度忙しい」が自分をここまで苦しめることになるとは、当時どこから来るのか分からない変な自信に満ち溢れていた僕は、気づかなかったのです。

あの時、現地の子から「あの研究室は楽だよ」というこれ以上ないくらい分かりやすく説明を受けていたのに、いや俺はもっと自分に厳しくいくんだ、とか言って(言ってはない)故意的に選びませんでした。

ここから僕の研究室生活が始まるわけですが…
実際、この研究室は固定の活動時間が朝9:30~夜10:00でして、まあその時間は授業などがない限り研究室に居ろ、というなかなかハードな所でした。

大学院1年生のすべきことは主に3つです。

1. 授業
2. TA業務
3. 研究室関連のこと

 

1. 授業

授業は読んで字のごとく、授業です。与えられた単位数を卒業までに取らなければなりません。僕の通う大学では、2年生は研究に専念するため1年で取り終えるのが通例らしく僕もそのようにスケジュールを立てました。

授業は大学部とは少し違い、より専門的な内容になり生徒主体なので論文を読む機会が多くなります。テーマに沿ってプレゼンする機会も断然多くなり、そのための準備が必要です。

単位が取れればいいのですが、僕はこの生活を給付型奨学金に頼っていて、成績によって次学期の給付可否が決まるので、めちゃくちゃプレッシャーでした。
【徹底解説】台湾奨学金の申請〜面接、合格まで。受かりやすい人とは?【留学】

 

2. TA業務

TAとはTeacher’s Assistantの略で、先生の受け持つ授業や実験、またはお仕事のお手伝いをします。

一応、時間に応じて少しお給料がもらえるのですが、これも卒業するために必須のカリキュラムの一つです。「先生のお手伝い」とは言いますがどうやら台湾では日本と扱いが違うらしく、先生の代わりに授業丸々行うことも珍しくないようです。

理系の場合は実験がつきものですので、毎週毎週学部生の実験授業のために予備実験をして試薬を調合して、授業を行い、宿題や実験ノートの添削、さらに期末テストの準備まで全てを行います。
台湾の大学院ってどんな感じ??日本との違いは?【学費など】

………と察しが良い方は分かっていただけると思いますが、これ非ネイティブには結構キツイです。先生もクラスメイトも分かってはくれているのですが正直負担が大きいです。

 

3. 研究室関連のこと

これは100%研究室(の先生)に依存します。
これ以外は他の人とほぼ同条件ですからね。

例えば、ペーパー(論文)を熟読して研究室内で発表する論文紹介ですが毎週2人ずつ必ず行わせる先生もいれば、1学期に1度だけ行う先生もいます。僕の研究室は前者の方で、3週間から1ヶ月に1度出番が回ってきます。当たり前ですが英語を読んで中国語で発表する、というものでした。

そして自分の研究
1年週1度の進度報告、月1度のまとめ報告は必須です。さらに気まぐれでテストが課され、時間を作って研究室のみんなで受けます。

ちなみに大学にはたくさんの外国人留学生がいるのですが(もちろん中国語ができない人もいる)、僕の学部はとても保守的だと言われていて外国人がめちゃくちゃ少ないんです。
英語過程もありません。こういう環境だから、余計僕らの扱いに慣れてないところががあるんですよね…

正直、現地ネイティブでも結構きついんじゃないのと思いますが、彼女らはそれが当たり前であるかのように乗り切っています。
これを見ていると、自分だけできないのが悔しく、必死で追いつこうとしています…

圧倒的に時間と(言語)能力が追いついていない‼︎‼︎‼︎

 

とうとう精神が限界に

「圧倒的に時間と(言語)能力が追いついていない」

これに尽きます。
何をするにも、人一倍時間がかかるし、他言語で理解しようと思うとずっと集中しなきゃいけないんですよね。だからすぐに疲れます。なのにやるべき事は終わらなくて、というか次から次へと降ってきてパンク状態でした。

ストレスを発散しようにも、時間がない。時間がないから遊ぶ友達もいない。

そうしているうちにとうとう体に異変が起きてしまいました。
あれ、寝れない…

最初は、あぁ脳が興奮状態なんだな。お湯でも飲むか。とか考えていたんですが、寝れない日が数日続きました。すると吐き気や頭痛に襲われるようになり、とうとう先生に半日休む趣旨を伝えました。
すると先生が学校の担当医に診てもらうように勧めてくれたので、行って来ました。

担当医「ここじゃない、心療科だよ

その症状は全てストレスからくるもので、そこじゃなくいわゆる学生相談室的な所に連れて行かれました。正直今までの人生、ストレスとはほぼ無縁だった僕にとって未だに信じられない出来事でした。

そこでプロの心理師といろいろお話して、自分の状況や解決方法などを色々話しました。週1でアフターケア的な感じでお世話になりました。現地に友達がほとんどいない僕にとっては貴重な話し相手でしたね笑

心理師の紹介で、心身ケアの診療所で精神安定剤を処方してもらったという、人生で初めてストレスにやられた経験です。

 

研究室を変更する

さてそんな僕の状況を汲み取り、研究室の先生が色々と親身に話を聞いてくださりました。
その結果、「もっとラクな」というと語弊があるかもしれませんが時間の縛りがない研究室に移ることになりました。

移る先の研究室は先生が奔放的で、発想が面白いという評判がありました。
そこで決まった研究テーマもぼちぼち進めてはいますが、前の研究室のように夜「夜10時まで」というような縛りがないので比較的自由に時間を使うことができています。

 

移った先は天国か地獄か

研究室も変わり、全く自分の時間が持てなかった生活にも余裕が出てきました。新しく入った研究室は比較的賑やかで和気あいあいとした雰囲気でした。

研究や授業も順調に進んでいる…と思った矢先に新たなストレス要因が待ち受けていました。

研究室内の雑務などは役割分担をして行うのですが、僕はもう一人の女の子(以下:A女)とともに「総務」を担当することになりました。総務の役割は多岐にわたるらしく

  • 消耗品の買い増し
  • 実験用品の買い増し
  • 機械メンテナンス
  • お金の管理
  • その他雑務

などがあるんですが、いわゆる営業の人と電話対応できなきゃ務まらない役割なんですよね。まぁこんなペーペーに務まるはずもなく仕事が立て込んだとしても、もう片方のA女が対応しなきゃならないんですよね。

まぁぶっちゃけ僕がこの研究室に来なければ、A女がひとりでやってるんでしょうけど僕がいるので面白くないんでしょうね。中国語ができないのをディスられ、明らかに強く当たってきました。

中国語に限らず、語学学習歴はそこそこ長いのですがここまではっきりと自分の中国語をディスられたのは初めてでした。当時はあまりの衝撃に頭が真っ白になり、落ち込むというより悔しさで破裂しそうでした。
その日の夜は久しぶりに台湾ビールを流し込んだのを覚えています。

その日からA女の僕に対する態度が明らかに悪いんですよね。同じ実験室でこれから1年以上も一緒なのにこれはマズい。なんとか打破しないといけません。

 

深く考えないことにした

A女の態度はますます悪くなるばかり。まぁこちらが反抗しても悪く言ってもなんにも解決もしないのでただ聞き手に回っていました。

ある日のツイート。

実は結構ひどいことを言われてるのですが、心に留めておきます。それにしても、これを聞いたときは「この女やべえな」と思いました。笑

ということで、これ以上関係が良い方向に進むとは考えられないのでもう深く関わらない、考えないことにしました。最初のうちは何事もなかったかのように僕から話題を振ったり、リアクションを取っていたのですが、諦めました。

こんな経験なかなかないので、こうやって話のネタにでもすることにします。

 

ストレスは継続的に

ということで、研究室を変えて忙しさとプレッシャーによるストレスはほとんどなくなったものの、人間関係や自分に対する自信喪失、劣等感などからストレス負荷を感じていました。

以前ほどではないものの、体の異常(肌荒れ・倦怠感・免疫低下・夜寝付けないなど)症状が現れてきたので思い切ってストレス発散行動をしてみることにしました。

  1. 走ってみる
  2. 友達と積極的に遊ぶ

1. 走ってみる

よく聞くストレス発散法ですが、なんせこの人生、恥ずかしながら自発的に走ったことがないものでしてずっと毛嫌いしておりました。大学のトラックを数周、約3kmくらい走ったらもうふにゃふにゃ。

こんな疲れんのになんでみんな走るの?と思いましたね。
走り終わってもなんかスッキリしなかったんですが、シャワー気持ち良いのとその日はしっかり寝れたということでやはり意味はあるんだなと感じました。週1ペースで走るように心がけ(たい)。

 

追記

週1〜2で走ることが習慣ついてきたある日、咳が出て風邪のような前兆が出たので一旦休止しました。しかし、咳は収まらず病院にかかりました。

気管支が炎症を起こしていて、喘息のような症状が出ているとのことでした。診断されたわけではないですが、原因はおそらく台中の空気の汚さ。毎日靄がはっきり見えるような場所で走っていたので息切れついでに気管支をやっちゃったんでしょう。
台湾中興大学で通っていた病院(クリニック)を勧める【神回転率】

なんとこの症状は4ヶ月以上も続き、走る習慣はなくなってしまいました…。

 

追記+α

そして喘息が治ってもう1度走り出して数週間、今度はコロナ感染の拡大の影響により断念。

 

2. 友達と積極的に遊ぶ

一番効果のあった方法です。

思い返してみれば、日本にいた頃って特に打ち込める趣味とかはなく、常に友達と遊んでたんですよね。台湾に来てからというもの、家と研究室の行き来だけでほとんど一人で飯を食べ帰って寝る生活を続けてました。

学校に友達いねぇ〜」←皆さんはこんな留学生活にならないようにね★

とは言え、宜蘭大学時代に会った友達や日本で出会った友達も一定数いるので、自ら連絡して遊んでいました。一緒に同じ時を共有して笑いあえる仲間は本当に強い。ご飯を食べるだけでも楽しい。

 

…とそんなこんなでストレスに立ち向かう日々はまだまだ続いています。
【経験談】HelloTalkを使って会える言語交換相手を探そう!in台湾


 

卒業間近

大学院に進学して約2年、そろそろ卒業を視野に入れて論文を仕上げていく時期です。台湾の修士課程は、2年で卒業できないことも多いのですが幸い僕は無事卒業ができそうです。

と、毎日のように研究室に入り浸っていたある日…

パンデミックから1年以上ほぼ無傷状態を貫いてきた台湾で、感染が拡大。

台湾中の学校が例外なくオンラインへと移行しました。
…が、まぁ理系院生にとって研究室は命。

実験は現場(研究室)で起こってるんだ!!

政府の警告により学校も厳しく取り締まり、担当教授も無理しなくて良いと言っていたので急ぎの実験がある子以外は家で過ごすことになりました。

結局、感染状況は劇的な改善に向かわず緊急事態は延長。依然としてレストラン(內用)や夜市、娯楽施設などは営業停止を続けている状態です。卒業式もなくなっちゃいました。
よって、2年生の5月中旬からずっと予定があるとき以外学校には向かわず、家で論文を書くか寝るか食べるか歌うかしかしないほぼニート生活が始まって虚無感にあふれています。

 

修論の完成

コロナの影響+夏休み(6~8月)で学校にも人影はぼちぼちあり、僕も修論の完成のために度々学校へ通っていました。

台湾のコロナ対策は非常に優秀で、一時期全国5月当初500人だった感染者は8月下旬で感染者0を叩き出し街にも少しずつ活気が溢れるようになります。とはいえ完全復帰ではないので感染対策は常に行なっている状態でした。

そんな中、修論の手直しを行い遂に完成…!

同時期に台湾での就活を始め、104銀行で職探しを行なっています。現在はコロナの影響もあり、ほとんどがオンライン面接です。

(続く)